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【感想】ルックバック ― 2024年10月20日 23:51

漫画『ルックバック』(藤本タツキ)の考察あるいは感想である。

この作品はアニメの評判で知った。原作漫画を読み、その後アニメを観ているが、ここでは原作漫画について書く。

事件のあと、京本の部屋の前に来た藤野の前に現れた世界について考える。
この世界については藤野の妄想やパラレルワールドという解釈があるようだ。
そういう解釈もありうると思う。読者にいろいろな解釈をさせる作品だと思う。
では当方の解釈はどうなのか。

1.白日夢

あれは藤野の夢想である。夢想というか白日夢のようなもの。
夢、なので藤野が意識して想像している世界ではない、無意識によって作られる世界だ。
現実の不都合の書き換え、願望の充足が起きる世界。

どこから夢なのか。
「出てこないで」の4コマからである。この4コマ漫画は雑誌に挟まれていたわけではない。京本のことを思い返している時に記憶の中から浮かび上がってきたイメージだ。
京本を部屋から出すきっかけになった4コマ。
京本を部屋から出さなければ京本は死なずに済んだのに。
彼女と出会っていっしょに漫画を描くことになったから京本は死んでしまった。
あの4コマを描かなければよかった、という強い後悔により記憶の中から引きずり出されたイメージ。

それをなかったことにするために実際に手にとっている感覚があるほどの明確なイメージを藤野は夢の中に見る。
その4コマを引きちぎって「出てこないで」のコマだけを過去の京本に届くようにと祈る。
卒業証書を届けにきた藤野が訪れる前の京本に。
4コマを受け取った京本は藤野の思い描いている京本の姿である。
京本を失った藤野が願う、「出てこないで」という願いを聞き入れ藤野に出会うことのない京本。
夢は藤野の願う世界を作り出そうとする。

しかし、「幽霊だ」と呟いた京本はここで変質する。


2.外へ出る京本

京本と出会わなかったら、藤野自身もその人生で漫画を描いていない。
京本を部屋から出さないということは自分が漫画を描くということをあきらめることだ。
それは藤野の望むことではない。漫画を描くことは藤野にとって青春そのものであり、人生そのもの。
藤野は意識の表面では京本の命を救いたい、漫画を描かなければよかったと思っているが、意識の底では漫画を描きたいと願っている。矛盾した願望を持ち、夢の中でその矛盾を解決しようとしている。
夢の中で藤野は無意識の力で漫画を描こうとする。京本の生きる姿を強く思いながら。

藤野に出会わなかった京本は、京本に出会うことなく漫画の道に進まなかった藤野の代わりに描くのだ。
いや、藤野の代わり、ではなく藤野として描くのだ。京本は京本の姿をとった藤野なのだ。
右手でペンを持つ京本。左利きの京本がなぜ右手で描くのか。あれは藤野だからだ。
京本を死なせたくないという思い、自分が漫画を描かなければよかったのにという後悔、そして漫画を描き続けたいという、このときは無意識に沈んでいるであろう強い願望を叶えるために夢の中で藤野は京本の姿を借りてしまったのだ。

やがて夢の中で京本は現実の京本のように外に出ていってしまう。
部屋から出したくないという思いとその思いと矛盾する漫画を描きたいという願いが夢の中で京本を動かしている。描き続ける京本=藤野。


3.襲撃と救い

そして事件が起きる。
キャプションの付いているページは現実にあった事件の客観的な再現であり、藤野の記憶や想像ではない。
ここは藤野の思い描く事件ではなく現実の事件をそのまま見せている。京本は現実の京本として左手で絵筆をとっている。藤野自身は現実の事件を直接知らないから藤野の中では作られたイメージを見ているのだろう。しかしそのイメージは「現実そのまま」の姿を映しているという意味を持っている。藤野は現実の悲劇をありのままに見ようとしている。

藤野の無意識は現実を受け入れたうえで自身の願望を充足させようと考えている。藤野は現実を受け入れて夢を作っていく。現実は受け入れる。でも夢の中で救われる。そこで救われて現実世界で前に進むことができる。悲劇的な現実を受け入れられない人もいる、ただ悲嘆に暮れる人もいる、藤野はこの世で漫画を描きたいという願望のために現実を受け入れようとしている。

京本に凶器が振り下ろされたとき、現実と夢が交錯し、救いが現れる。
飛び蹴りを入れる藤野、しかしこの藤野は藤野ではない。犯人を倒す藤野の中には京本がいる。
蹴り足が左、左利きと考えられるからだ。
左側に出入り口がありそちらから顔が見えるように飛び蹴りすると左足が出る、という作画上の理由にも見えるがそうではないだろう。
犯人に飛び蹴りを入れた人物は京本の姿をした藤野を救いにきているのだ。京本を救いたいと願う藤野はそのとおり京本の危機に現れているように見えるが、同時に京本を失った藤野は救いを求めている。理不尽に振り下ろされる凶器の下で涙を浮かべる京本=藤野。

卒業式の日、漫画をあきらめていた藤野を救ったのは京本だった。
そのときのように、漫画を描けなくなっていた藤野を救いに京本が現れたのだ。藤野に漫画を描いて欲しい、藤野の漫画を見たいと告げにきたのだ(そういえば卒業式の日も今回同様に京本は左側から藤野に迫ってきていた)。

だけれども。
これは藤野の夢の中だ。藤野を救いにきた藤野の姿をした京本は、藤野の生み出したものだ。
だからここで藤野は夢の中で(藤野の姿をした)京本に救われた、という体で自分で自分を救っていることになる。漫画を描かなければよかったという後悔から生まれた願い、それでも漫画を描きたいという思い、矛盾を解決しようとして藤野の無意識が作り出した物語。部屋から出た京本と一緒に漫画を描くことのできるように見える世界を夢の中で作り出している。そこで行われたのは京本ではなく藤野自身を救う作業なのだが。

京本を救った藤野は足を骨折してしまう。京本を救うことは現実には不可能であり、そのことを理解している藤野(の無意識)が藤野に与えた罰のように見える。あるいは藤野が抱える痛みを表しているのではないか。
犯人を蹴り倒した後、右拳を撃ち下ろしているのは藤野自身の姿なのだろう。京本に手をかけた犯人に対する憎悪が吹き出しているようだ。京本を死なせることになってしまった自分自身への怒りがあるのではないかとも考えられるのだが、それはないだろう。もう京本を部屋から出したことを後悔も否定もしていないのだ。京本を部屋から出さなかった世界ではない。

京本と自分を救うことを実現した藤野は救急搬送される時、「最近また描き始めたよ!」と言い、京本にアシスタントをしてほしいと伝える。「なんで漫画描くのやめちゃったんですか」と問われて「最近また描き始めたよ」と右手を挙げて答えるこのときの藤野は藤野であり、京本は京本なんだろう。藤野の元から離れた京本にまた一緒に描いてほしい、という気持ちがそのまま出ている。
ここは卒業式の日、京本との出会ったときの記憶を成長した姿で繰り返しているのではないか。そのときの記憶があったから、それを再現するようなイメージを作り出しているようだ。


4.夢からの

帰宅する京本がたどる道はあの日雨中で跳ねた道だろうか。
夢の中で京本は藤野の4コマを読み返し、右手でペンを取る。今日のできごとをもとに4コマ漫画を描く。
その4コマは願いが成就したことを夢の中の藤野から現実の藤野に知らせるために描かれるのだ。
京本の命は戻らない。それはかなわない。京本と漫画を描くことができる世界を作り出したがそれは現実ではない。京本を失った現実を受け止めながら京本を救うことができた世界を夢見て自分を救い出した。漫画を描く、描きたいという思いを取り戻すことができたことを知らせるために、藤野の無意識が4コマを描く。
漫画を描き続ける強い動機が京本の姿にあることを知っている藤野の無意識は、現実の藤野に働きかけるために京本の姿で4コマを描いている。「背中を見て」というために足ではなく背中に傷を負わせて。

現実世界では事件をそのままなぞるような漫画は世にでることはないだろう。ネット上に公開されたら炎上し、何かの紙面に掲載されたら非難の嵐だろう。被害者が救われた世界ですよ、と言って納得する者はいない。
「背中を見て」はそういう漫画だ。現実の被害者たちを傷つけ、人々から非難される漫画。夢の中では犠牲者が出なかったからこそ表現できた4コマ漫画。藤野の無意識はそれを現実世界に出現させた。ほかの形ではなくこの4コマを見せたのだ。

藤野の願望を充足させた無意識からのビジョンが現実の藤野が手にした4コマ用紙に出現した。
現実には存在しない京本の4コマという形で藤野は幻視している。小学生のときに描き出した漫画、京本を知り出会うきっかけになった漫画、自分の誇りと喜びであり人生そのものでもある漫画という形で自分の無意識が解決した結果を見ている。
藤野はこの4コマを京本が描いたと思ったのだろうか。ありえないものを見ていると思ったのだろうか。自身の無意識の働きに気づいたのだろうか。


5.現実で

近しい人が突然不慮の死を迎えた時、自分に原因があるんじゃないか、あんなこと言わなければ、ああしておけば、という後悔をすることは漫画家のような創作者に限ったことではない。そこから立ち直って生きていくのも創作者だから、というわけでもない。また創作者は前を向いて進まなければいけないということもない。
だが創作者のように自分の才能を信じ、その仕事を強く望んで手に入れた者は、挫折したとしてもそこで終わりたくないと強く願っているだろうと思う。自身の才能をたのんで生きたいというそれは願望というより欲望なのかもしれない。

藤野は漫画を描きたいという欲望とそれを支えた京本を忘れられない。漫画を描かなければよかった、自分のせいで京本が死んでしまった、意識に上ってきたそのような思いを覆したい。
藤野の精神は、京本を死なせないというイメージを作り出しながらその実、もう一度漫画を描く自分の姿を描き出した。無意識の作り出した欺瞞のような物語により藤野は漫画の続きを描くことができるようになった。

藤野はあきらめることができたのではないか。あきらめたのは京本ではなく、後悔することだ。京本を部屋から出さなければ、あのとき漫画を描いていなければという後悔。この世で自分であり続けるためにその後悔をあきらめて漫画を描き続ける。それは京本を失ったこと、また京本と漫画を描く未来を失ったことを受け入れることであり、今までの人生のある部分を崩してしまうことなのかもしれない。それでも京本と過ごしてきた人生の続きを生きるためここにある現実を受け入れる。無意識のどこかで欺瞞を生んでいるかもしれないけれど。

何も描かれていない4コマの用紙に藤野が見たもの。何かをそこに見続けるために藤野はその紙を仕事場に持ち帰ったのではないか、と思ったりする。